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無決定の連続とは何か

ものをつくるということは決定の連続なんだろう。いや、そもそものあらゆる行為には選択と決定が備わっている。だから無決定の連続とは不存在であり、形而下の世界ではそんなことはゆるされないだろう。

さて、プロフェッショナルとは決定者のことであり、その判断を適切に下せる人のことを言うのだと思う。

あらゆる決定から自分を遠ざけようとしている僕はまったくもってプロフェッショナルとは程遠い存在である。だけれども、そうもしてはいられないので、自分に肩書を与える(これは社会のシステムと全く同じ)ことで自らを奮い立たせようとしている。

だから僕は自称建築家である。はっはっは。

言葉と意味ということは考えはじめると面白いが、覗いた井戸の底が深すぎていつも一分位で思考を停止してしまう。

色々な話題に対して、というかほぼすべての話題に対してこの姿勢をとってしまうのが一般的な人間だろう。そうして自分を不知の世界から少しの間だけ(その連続が一生続く)遠ざけて安寧の地に身を落ち着かせようとする。そうしてそのうちそんな感受性が、そんな未知のもの事態が存在していたことさえ忘れてしまう。そしてふとしたきっかけで気付き、忘れ、そんなことを繰り返す。

そうでもしていないと、すぐに頭が狂って死んでしまう。なかなか人間は賢いいきものだ。

そんなこんなの話題に対する感受性を自分の身体にとどめておき、それをどうにか表現する手段というものが建築であるのかもしれない。

現実に起こっていることが形而上のものとして扱われてしまうこの世界では自分の身体すらも現実の物質世界にとどめておくことができなくなる。その最後の砦、というかダムみたいなものが建築だと考えている。

そうして僕は建築家を名乗るのです。はっはっは。

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